
私たちは普段、無意識のうちに呼吸をしています。しかし、意識的に「深く」「ゆっくり」呼吸をすることによって、体と心にさまざまな良い影響が現れることが分かっています。深呼吸は、道具も時間も必要なく、誰にでも今すぐ始められる最も手軽なセルフケアです。その効果を生理学的な観点から解説していきます。
1. 自律神経のバランスを整える
人間の体は、「自律神経」という神経系によって無意識に体の機能をコントロールされています。自律神経には、【交感神経(活動・緊張モード)】と【副交感神経(休息・回復モード)】の2つがあります。
現代人はストレスや情報過多、仕事の緊張などによって、交感神経が優位になりがちです。交感神経が働きすぎると、心拍数や血圧が上がり、筋肉がこわばり、慢性的な疲労や不眠、不安感に繋がることがあります。
深呼吸は、この交感神経の過剰な働きを抑え、副交感神経を活性化する効果があります。とくに「息をゆっくり吐く」動作は、副交感神経を刺激する重要なポイントとなります。
息を吐く際には横隔膜がゆるみ、心拍数がわずかに下がります。これが脳に「今は安全で、リラックスしていい」という信号を送り、心身が落ち着いていくのです。実際に、瞑想やマインドフルネス、ヨガなど多くのリラクゼーション法でも「呼吸を整える」ことが基本となっています。
2. 筋肉の緊張を緩める
精神的なストレスや長時間の姿勢維持は、筋肉の緊張を引き起こします。とくに肩や首、背中、腰の筋肉が知らないうちにこわばり、「肩こり」や「腰痛」の原因になることがあります。
深呼吸をすると、筋肉への酸素供給が高まり、血流が促進されます。また、呼吸に関わる筋肉(横隔膜、肋間筋、腹筋など)が大きく動くことで、内臓や血管などにもマッサージ効果が生まれます。これによって、疲労物質などの排出が促され、筋肉の緊張が自然とゆるむのです。
さらに、呼吸が深くなることで酸素の取り込みが増え、二酸化炭素の排出がスムーズになります。これは体内のpHを一定に保つ働きにも関わっており、筋肉や神経の働きを正常に保つことにも役立ちます。
3. 脳の働きと精神の安定に寄与する
脳は全身の酸素の20〜25%を消費する、非常にエネルギー消費量の高い部位です。深呼吸によって酸素の供給量が増えると、脳の代謝が活性化され、集中力や思考力が高まる効果があります。
反対に、呼吸が浅くなって酸素が不足すると、脳の働きが鈍くなり、イライラしたり不安になったりすることがあります。
また、深呼吸をすると「セロトニン」という神経伝達物質の分泌が促されます。セロトニンは、心の安定や幸福感に関わる重要な物質であり、ストレスの緩和やうつ症状の予防にも関係しています。
さらに、副交感神経が活性化されることで「GABA(γアミノ酪酸)」という抑制系の神経伝達物質も働き、興奮状態の脳を鎮めてくれます。これにより、不安や緊張、過緊張状態がやわらぎ、心が落ち着くのです。
4. 消化や免疫機能のサポート
深呼吸によって副交感神経が優位になると、胃腸の働きが活発になります。逆に、交感神経が過剰に働くと、消化機能が抑制されてしまいます。
深呼吸でリラックス状態をつくることで、食べたものの消化吸収がスムーズになり、胃の不調や便秘の改善にもつながることがあります。
また、リンパの流れが改善されることで、免疫細胞の循環が促進され、風邪や病気への抵抗力が高まることも期待できます。免疫細胞は血液やリンパ液に乗って全身を巡っており、呼吸の動きでその流れが助けられるのです。
5. 睡眠の質を高める
寝つきが悪い、眠りが浅い、夜中に目が覚める…といった悩みを持つ人は少なくありません。これらの睡眠の問題の背景にも、自律神経の乱れやストレスが関わっています。
就寝前に深呼吸をおこなうことで、副交感神経が優位になり、心拍や血圧がゆっくりと下がり、体が「休息モード」に切り替わっていきます。この状態が自然な眠りへと導いてくれます。とくに、「吐く時間を長く取る呼吸」はリラックス効果が高く、睡眠の導入に適しています。
【まとめ】
深呼吸は、一見単純な動作のように思えますが、実は体と心のさまざまな部分に影響を及ぼす非常に優れた「自然な調整法」です。
副交感神経を優位にしてリラックス状態をつくり、筋肉の緊張をやわらげ、血流や消化機能、免疫力、脳の働きまでサポートしてくれます。
忙しい人こそ、1日数分でも自分の呼吸に意識を向けることは、自分自身の体と心を整える入り口になります。
特別な知識や環境は不要。座ったまま、あるいは寝たままでも構いません。呼吸を深めることは、自分自身への優しいアプローチと言えるでしょう。
当院では呼吸法を数回に分けて指導しております。
身体の不調でお困りの方は是非ご相談ください。